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9月24日「神の子どもとされた恵み」(Ⅰヨハネ 3:1~7)


説教要約

 

教会は「神の家族」(エペソ 2:21)であると言われます。それは、キリストを信じる者が、父なる神の子どもとされているからです。

 

神の素晴らしい愛によって 

ヨハネは、「私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどんなにすばらしい愛を与えてくださったかを、考えなさい。」(1節)と述べています。ここで強調されているのは、神様が与えてくださった「愛」の素晴らしさです。私たちが「神の子ども」とされるのは、私たちがそれにふさわしいからではありません。理由があるとすれば、それはただ神の愛ゆえです。

 

いのちを与える愛

愛といのちには深い関係があります。聖書の「愛」は、人を生かす愛です。人にいのちを与える愛です。それは単なる「感情」ではなく、行動で示す「愛」です。神様は、イエス・キリストの十字架を通して、私たちに御自身の愛を明らかにしてくださいました。(Ⅰヨハネ4:9)キリストの十字架は、罪の中に死んでいた私たちに、新しいいのちを与えるものです。

 

事実、神の子とされている

ヨハネは、私たちが神の子どもとされたことを事実であると強調しています。キリスト者とされても罪ある私たちです。なかなかその実感が持てないかもしれません。しかし神様は私たちに神の子どもという「身分」を既に与え、保証してくださっています。

【キリストに似た者とされる】 

子どもとされた私たちは、父なる神様の愛を受け、日々の交わりを通して、いよいよ神の子どもにふさわしく整えられ、新しくされていきます。そうやって本当の意味で神の子どもとなっていきます。最終的にどのような素晴らしい者とされるのかはまだ明らかにされていませんが、キリストに似た者とされる望みは、今を生きる私たちの信仰のいのちとなります。

 

 


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メッセージ内容(2023年9月24日)
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