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9月29日 「主の家なる教会」(エペソ2:19〜22)

教会とは何でしょうか? 

教会を考える時にそこで誰と出会い、話をしたり、つながりを持ったかということは大きな影響を与えていると思います。

以前いた教会に「先生、私はイエス様がいればそれで十分です。

教会の人間関係はいろいろと煩わしいのでもう結構です。」という人がいました。

その人の気持ちは良く分かります。

何故なら私自身も長い間そのような思いでしたから。

それは牧師になって立場が変わったから考え方も変わったというわけではありません。

しかしある時にふと思ったのです。

パウロが諸教会に出した手紙の中でその教会が持っている弱い部分、問題点、罪深い部分が指摘されています。

それこそ、今の教会の方がまだましだと思えるようなことも多々あります。

パウロはそれを書きながらどんな気持ちだったんだろうかと推測するのです。

パウロは教会の人たちをただ単純に批判して切り捨ててはいないのです。

期待していたのに恩を仇で返すようなことをしてと怒っているわけでもありません。

どんなことがあろうとそこには教会は神が建てたものであり、どんな状態にあろうとそこにキリストが十字架で私たちの罪を贖って、この地上に置いてくださったものという神の愛をそこに見ていました。

パウロが教会は自分が建てているものという意識でいたら、教会のすべてが気にくわないものとなっていたでしょう。

しかし、パウロは教会の兄姉はキリストが十字架の死をもって滅びから贖われた人々であることが分かったからこそ、涙をもって書いたと思います。

 

今日のエペソ書にはまさに教会の本質が記されています。

教会は「キリストのからだ」であり、「神の家族」であり、「聖霊の宮」なのです。

 


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メッセージ内容(2019年9月29日)
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